この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ【今日の学び】

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ゆうです

皆さんは、名言についてどのような印象をお持ちでしょうか?

昔の偉い人が残した言葉だからためになるんだろうけど、いまいちピンとこない。なんてことを抱いた人は少なくないでしょう。

僕も名言の必要性を感じつつ読んでこなかったし、座右の銘になるような名言をパッといえるほど理解できていません。

ただ、心のどこかで過去の言葉や歴史から学ぶべきなのではないか、という思いもあったんです。

そんなわけで、今回は「人生の教養が身につく名言集―――「図太く」「賢く」「面白く」」に載っている名言について。

結論からお伝えすると、名言は自分の経験や知識と照らし合わせて腹に落としていく作業を行うことで自分の糧になって人生の友として名言が寄り添ってくれます。

なぜ、「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」が名言なのか?

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」

この名言は、ルネサンス初期のイタリアの大詩人・ダンテが書いた叙事詩『神曲・地獄篇』の一文です。

名言が名言足るその理由は、言葉の抽象化だと考えています。

この名言の場合は「希望」という言葉です。

一般的に希望といわれたら、夢や可能性、予想、予測などの意味を含みます。

しかし、著者は希望を「幻想」と捉えているんです。

「この門をくぐる者は一切の希望(=幻想)を捨てよ」

一切の幻想を捨てるということは、現実を直視するしかありません。

絶対成功するに決まっている、という幻想は捨て、成功するためにはどうすればいいのか?という辛辣な現実と向き合う必要があるのです。

この著者のように「希望」を別の意味に捉えることが可能な抽象度の高い言葉で表現されていることは名言といわれる所以ではないでしょうか。

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」を知ったとき

真の意味を理解しない僕は、この名言を知ったときにこの門は絶対にくぐりたくないと思いました。

一切の希望を捨てるなんてただの絶望じゃないですか。

希望があるからこそ人は前に進めるのであって、絶望の渦中では歩みを進めることはできないと思いませんか?

絶望慣れしていないゆとり世代の僕だったら、この門をくぐらずにどこか抜け道がないか一生懸命に探してしまいます。

法律でも抜け道があるくらいだから、ダンテの名言にも抜け道があるはず。

ずいぶん乱暴な名言だなと思っていたのが最初の印象でした。

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」を深く理解しようとしたとき

ただ、この著書の最初の名言に持ってくるだけの深さや意味があることは分かっていたので、分からないことがなんだか悔しい。

この名言を名言と感じられない自分の感性が乏しいという事実に向き合わされてしまいました。

著者のライフネット生命保険株式会社創業者・出口治明さんの独自の解説を読みながら、自分だったらどのように言葉を置き換えるか考えてみると、こんな言葉が浮かんできました。

「期待」

「この門をくぐる者(=この世に生を授かった者)は一切の希望(=期待)を捨てよ」

雨上がりの道端にできた水たまりくらい浅い人生経験から導きだしたのがこれでした。

この門とは産道であり、命を授かった者という意味。

一切の希望は期待であり、捨てるべきであると。

この言葉に置き換えたとき、異物で混沌としていたダンテの名言がふと自分の経験や知識にきれいに交わる感覚がありました。

「この門をくぐる者は一切の希望(=期待)を捨てよ」

皆さんは、期待、特に淡い期待を抱いていませんでしょうか。

「いわなくても分かるだろう」「これくらいの仕事は当たり前にできるだろう」

こんな考えはすべて期待の塊。

節度を持った成長に対する期待はいいのですが、相手の行動に期待することはロープなしでバンジージャンプするくらい危険です。

過去と他人は変えることができないので、期待は身を滅ぼしてさらに思考がカオスに向かう悪循環を招きます。

そのため、一切の希望(=期待)は捨てるべきなのです。

「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」を理解する方法とは?

実は、「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」という言葉は、まだ皆さんの中では名言ではないと思っています。

なぜなら、名言は自分の言葉にしてこそ名言なのですから。

なので、こちらの著書じゃなくてもいいのですが、ゆっくりと名言を自分の腹に落としていく本があるといいでしょう。

私が読んだこの著書はおすすめで、著者の解説が想像以上にかみ砕かれて応用が効きやすいです。

もちろん、おちょこの裏くらい浅い僕の人生経験なので、博識高い人はこれらの本がおすすめ。

ライトでおすすめな名言集はこちら。

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